社会保障費の増大などで国のプライマリーバランスの悪化が進む中、経済の不確実性が増し、私たち国民の自助努力が今まで以上に求められる時代になってきました。
生活防衛、資産防衛を考えるうえでのリスク管理は国民一人一人が真剣に考えるべき問題ですので、本章ではリスク管理の在り方や資産保護の重要性について考えていきます。
■個人も企業も不確実性に対する備えが必要
昔のように右肩上がりの時代ではなくなっている今日、国民一人一人はもちろんのこと、経済活動を行う企業体としても不確実性に対する備えが必要です。
社会経済の不確実性が増すにつれて、個人の家計経済や企業の経済活動に影響が出ますから、考えられるリスクを精査して備えをすることは個々人、個別企業の責任と言えます。
生活防衛、資産保護のためのリスク管理は様々な考え方があるので、次の項で簡単に大枠を見てみます。
■リスク・ファイナンシング
リスクには様々なものがあり、大枠で分けると以下のように分類されます。
①人に関するリスク
・死亡に伴う損失
稼ぎ頭の死亡による遺族の生活資金、従業員が死亡して代替要員を補充する費用などのリスク
・傷害や疾病による損失
個人の病気やケガ、及び企業の従業員がケガや病気、障害を負うことで生じる損失
・長生きリスク
予想より長生きすると生活費がそれだけかかり増しになり、蓄えではカバーできなくなる恐れ
②物に関するリスク
生活用動産、不動産、事業用不動産や什器、商品、減価償却資産等が火災や地震で損害を受けるリスク
③第三者に対する損害賠償リスク
自動車事故や日常生活で相手の身体、財産に損傷を与える事故、企業が顧客や取引相手の身体、財産に損害を与える事故など
これら各種リスクに対してする備え方の一つにリスクファイナンシングがあります。
リスクファイナンシングは大きく、自分でお金を貯めて万が一に備える、企業であればリスクに備えて内部留保を蓄えるなどの対応方法である「保有」と、リスクによる経済的負担を他者に転嫁する「移転」があります。
移転はここではあまり難しく考えずに保険でカバーすると捉えて頂ければ結構です。
次の項からは個人や企業に求められるリスク管理について、役に立つ保険や税金面の扱いなどを見ていきます。
■個人で備えるリスク管理
個人の場合、死亡や高度障害などのリスクに目が向きがちですが、より身近で発生しやすいリスクも合わせて見ていきます。
まず大きなところでは住宅に関するリスクです。
マイホーム購入の際に住宅ローンを組むことが多いと思いますが、人生最大の買い物と言われるだけあり、返済は長ければ定年退職後まで続きます。
その間に債務者に死亡リスクが発生すると家族は家を失い、さらに生活も不安定になって路頭に迷うことになります。
そのため住宅ローンを利用する場合は団体信用生命保険(団信)を利用することが多いです。
団信に入っていれば、ローン債務者が死亡し返済ができなくなっても、残債については団信からの保険で完済できるので遺族はマイホームを失わずに済みます。
住宅ローンを扱う場合は必ず税制の住宅ローン控除を活用しましょう。
一定年、毎年末のローン残高の0.7%を所得税から控除できる仕組みです。
勤め人の場合、配置転換などで購入した自宅に住めなくなるという事態も考えられます。
その場合、単身赴任ができて家族が自宅に残ることができれば引き続き控除を受けられます。
家族帯同で転勤する場合、自宅に住まない期間については控除を受けられませんが、転勤から戻ってきた時に控除期間が残っていれば残存期間について控除を受けられます。
ちなみに、自宅を空ける間は他人に貸しても控除の可否に影響が出ることはありません。
賃貸に出している間(自身や家族が自宅に住めない間)は控除を受けられませんが、転勤から戻ってきた時に残存期間があればその分の控除を受けられます。
また銀行のローンに加えて勤め先の社内融資を受けて住宅購入に臨む人もいると思います。
この際の注意点として、社内融資は金利が0.2%以上でないと住宅ローン控除の対象にならないことに留意してください。
次に生活の糧となる所得に関するリスクです。
経済の不確実性に備えるためには、基本的には生涯働き続ける想定が求められる時代となっています。
しかし病気やケガ、死亡などのリスクから完全に逃れることはできません。
所得や生活資金の損失リスクに備えるには以下のような保険を検討できます。
①所得補償保険
所得補償保険は病気やけがなどで働けなくなった場合の所得を補償する保険で、これにより生活資金の枯渇に備えることができます。
特に自営業者などは積極的に検討して良いと思います。
勤め人の方は会社の公的保険に入れるので、万が一の際には傷病手当金がもらえますが、自営業者はそのようなセーフティネットがないからです。
所得補償保険は病気やケガなどを負った場合に支払われる保険のため、税金はかかりません。
②収入保障保険
収入保障保険は加入者が死亡したり高度障害を負った場合に、残された家族の生活費を補償するものです。
こちらは基本的に税金がかかり、保険金を分割で受け取るか一括で受け取るか、契約者と保険金受取人はだれかなどの関係によって税金の種類が変わります。
③死亡保険
多くの方がイメージする保険が死亡保険で、終身で入れるものの他一定期間のみを保証するタイプもあります。
例えば子どもが生まれて保証を充実させたい期間だけ保証を受けるという場合は終身よりも保険料は安く済みます。
死亡によって支払われる死亡保険は契約者と被保険者、保険金受取人の関係によって税金の種類が変わります。
契約者と被保険者が同一で他の家族が受取人になる場合は相続税の対象になり、こちらは相続税の仕組み上で一定の非課税枠の恩恵を受けられます。
契約者と保険金受取人が同一で被保険者が別人の場合は所得税の対象になり、こちらは一時所得として課税対象になります。
契約者と被保険者、受取人がそれぞれ別の場合は贈与税の対象になります。
そして近年重要性が増している個人賠償責任保険についても押さえておきます。
日常生活で生じた偶然の事故により他人の身体財産に損害を与えてしまった場合に課される法的な損害賠償責任に対する備えができるものです。
近年、自転車保険を義務化する自治体が増えていますがこれも個人賠償責任保険の一種です。
個人賠償責任保険がカバーする事故は幅広く、保険料も少額で済むのでぜひ加入しておきたい保険の一つです。
注目すべきポイントは契約者以外の家族の事故もカバーされる点です。
特に事故を起こしやすい小さなお子さんが誤って他人の財産に傷をつけてしまうといった例は普通に見られます。
その対象が高額であれば故意ではないとしても賠償金は多額になります。
こうした家族の事故もカバーされる点でとても有益な保険です。
子どもについては別居の未婚の子も対象になるので、大学進学で県外に出た大学生などの事故もカバーできます。
ただし別居の未婚の子の場合、加入者と生計同一要件が課されるため、仕送りしていて生計が同一であるということが条件になります。
仕送りなどが無く生計同一でない場合は保証されないので注意してください。
最後に、個人のリスク管理で知っておきたい雑損控除と災害減免法について簡単に押さえておきます。
雑損控除は税制上の仕組みで、災害や盗難などで財産に被害を受けた場合に一定の所得控除を受けられます。
こちらは本人だけでなく一定の家族が被った損害も控除対象になります。
災害減免法は災害によって財産に被害を受けた場合に、当人の所得金額に応じて所得税額の全額あるいは半額、または4分の1の減免を受けられます。
所得が500万円以下の人は所得税が全額免除されますが、所得が1000万円を超えると制度の対象外になります。
■企業のリスク管理と資産保護
企業においても、社会経済の変化による間接的な影響だけでなく、事業活動を行う中でリスクに直面することがあります。
企業の場合、税制の変更や政策変更で影響を受けることがあり、直近では厚生年金の加入者拡大で企業負担が増すなどの例がありますね。
国の施策変更については都度対応していくしかありませんが、企業経済活動に伴うリスクについては個別企業でそれぞれ対応責任があります。
ここでは企業活動において起こり得るリスクへの対処で検討できる保険や、企業の資産保護につながるお得な知識についても少しお知らせしたいと思います。
①企業費用・利益総合保険
企業資産である施設や設備が偶然の事故で損害を負い、事業が一定期間続けられなくなった場合の喪失利益を補償するものです。
製造業など工場を保有し事業を営んでいる事業者が積極的に検討したいものです。
②労働者災害総合保険
この保険は公的な政府労災(労働者災害補償保険)と連動させて労働災害に対する補償金を準備できるものです。
ポイントとして、事業主も政府労災に特別加入ができていれば、民間の労働災害総合保険に加入できるので、万が一災害にあった場合の手厚い保証を受けられます。
③サイバー保険
近年企業運営においてサイバー攻撃によるリスクが急激に増大しています。
サイバー保険では、情報漏洩などによって被害を受けた相手への賠償や争訟費用、あるいは記者会見費用といった対象に保険金が下ります。
④雇用慣行保険
この種の保険も近年の雇用環境の変化に伴い重要性が増しています。
セクハラやパワハラ、あるいは不当解雇などで従業員と争いになった場合に、相手への賠償金の支払いや争訟費用、弁護士費用などに保険金が下ります。
⑤圧縮記帳について
保険の他に資産保護に役立つ知識として圧縮記帳についてもお伝えしておきます。
固定資産や社用車などの財産に損害を受けて、代替資産を購入すると新たな代替資産は課税の対象になります。
圧縮記帳をすることで代替資産にまるまる税金がかかることを防ぎ、節税できるのが圧縮記帳の仕組みです。
例えば、帳簿価額400万円の社用車が事故で大破し、廃車に20万円かかったとします。
車両保険として500万円が支払われたとして、新たな社用車(代替資産)を450万円で購入したとします。
この場合、保険差益は500万円(保険金)-400万円(滅失資産の帳簿価額)-20万円(廃車費用)=80万円です。
この差益80万円に対する圧縮限度額は80万円×(450万円(代替資産))/(500万円(保険金)-20万円(廃車費用))=75万円です。
これを代替資産価額から差し引き、450万円-75万円=375万円が代替資産の帳簿価額になります。
価額の数字が小さくなる分節税作用が生じます。
■まとめ
本章では経済の不確実性に対するリスク管理の在り方や資産保護の重要性について見てきました。
自助努力の重要度が高まり続ける現代社会において、自身の生活や資産を守るリスク管理は非常に大切な要素となります。
個人も企業もどちらも自己防衛の意識を持つことが大切で、お金や税金、法律など身を守るために必要な知識を付けることは現代人に必要な素養と考えます。
知らないために損をしてしまった、無駄なお金を払ってしまったというようなことにならないよう、自己防衛、資産防衛に関する知識を積極的に身につけていきましょう。