スタートアップにとって資金調達は事業の成長速度を決める極めて重要な要素で、フェーズごとにどのような手段を選択するかによってその後の展開が大きく変わります。
創業初期には限られたリソースの中で事業を形にする必要がありますし、成長期には市場の拡大に合わせた大胆な投資が求められます。
本章ではスタートアップの資金調達についてフェーズ別に詳しく見ていきます。

■プレシード期における資金調達の考え方

プレシード期における資金調達の考え方

プレシード期は、事業アイデアが固まり、具体的な市場検証に向けて一歩踏み出す段階です。このフェーズでは事業の形がまだ定まらず、売り上げもほとんど存在しないケースが大半です。そのため、大規模な資金調達は現実的ではなく、少額でも確実に実行可能で、経営の自由度を最大限に保てる手段を選択することが重要になります。
プレシード期に多くのスタートアップが選択するのは自己資金による立ち上げです。これは外部からの影響を受けず意思決定の自由度が高い一方で、投入資金が少なく、行動範囲が限定される課題もあります。この課題に対応するため、初期の資金源として活用されるのが「3F」(Family, Friends, Fools)です。家族や友人からの資金提供は、起業家個人への信頼に基づきスピーディな資金確保が期待できます。しかし、金銭トラブルを避けるため、借用書や返済計画を明確に文書化し、透明性のあるやり取りを徹底することが極めて重要です。
また、国や自治体の補助金や助成金もぜひ活用しましょう。これらは基本的に返済義務がない(エクイティの希薄化なし)ため大きなメリットがあります。特にこの時期は「創業支援」などを目的とした公募が多く見られます。申請には時間と労力を要しますが、このプロセスを通じて、事業計画を練り上げる良い機会にもなります。ただし、補助金・助成金は事業開始後の資金ではなく、これから発生する経費を対象としている点には注意が必要です。
結論として、プレシード期は、資金調達そのものよりも、事業アイデアの検証と最小限のプロダクト(MVP)開発に注力することが最優先です。このフェーズでは、エクイティファイナンス(株式の希薄化)は可能な限り避け、自己資金、融資に類似した資金、そして補助金・助成金を組み合わせる戦略が最も賢明です。

■シード期に求められる資金調達のポイント

シード期に求められる資金調達のポイント

シード期は、製品やサービスのプロトタイプが完成し、初期の顧客からのフィードバックを得る段階です。この段階では、機能改善のための開発資金に加え、PMF(プロダクトマーケットフィット)の検証を進めるマーケティングや、初期の顧客獲得に向けた先行投資が必要になります。資金需要が大幅に増すため、外部の投資家からの調達が主要な選択肢になります。
シード期の主要な調達先はエンジェル投資家です。エンジェル投資家は個人投資家のため意思決定が早く、まだ実績が少ないスタートアップであっても、起業家の熱意や将来性を重視して支援してくれます。資金提供だけでなく、人脈や経営知見といった非財務的な価値(ハンズオン支援)も大きな利点です。ただし、投資家との相性が事業の方向性を左右するため、人選が極めて重要になります。
また、エンジェル投資家の企業版であるベンチャーキャピタル(VC)の支援も選択肢になります。VCは市場の成長性が高い場合に比較的大きな金額を調達できる可能性があります。しかし、VCからの調達は審査が厳しく、ファンドの期限があるため短期間での売上成長を求められます。事業の方向性が投資家の意向に左右されないよう、バリュエーションや契約条件について慎重な交渉が欠かせません。
このフェーズでは、調達した資金をどの用途に振り向け、どの指標(KPI)を改善することで次の調達につなげられるかが問われます。特に、ユーザーあたりの獲得コスト(CAC)と生涯価値(LTV)のバランスや、リテンション率の改善が重視されます。シード期で必要以上に資金を集めてしまうと、株式が過度に希薄化したり、スケジュール管理が難しくなるリスクもあるため、「必要十分な額」を見極めることが肝要です。

■アーリー期での戦略的資金調達    

アーリー期での戦略的資金調達

アーリー期は、製品やサービスが本格的に市場に投入され、初期の顧客獲得が進み、売上が立ち上がり始める重要な段階です。このフェーズで最も重視されるのは、フィードバックに基づくプロダクトの改善と、市場での認知度向上です。そのため、開発投資とマーケティング投資に加え、スケールに向けた組織拡大のための投資の両方が求められます。売上が徐々に成長し始める時期であるため、次の成長曲線を描くために、調達額をシード期よりも一段階増やす必要性が増します。
この段階で主要な資金調達手段となるのが、主にベンチャーキャピタル(VC)からのシリーズA投資です。シリーズAは、事業モデルの確立後、その再現性を証明し、本格的な事業拡大を目指すための資金です。投資家は、単なるアイデアやプロトタイプではなく、将来の成長見込み、ビジネスモデルの再現性、ユニットエコノミクスを重視します。したがって、このフェーズでは、財務指標の改善と顧客への提供価値の確立(PMFの達成)が非常に重要です。調達成功のためには、顧客獲得コスト(CAC)と顧客生涯価値(LTV)の健全なバランスを示すことが不可欠です。
また、投資家との関係構築はアーリー期で特に欠かせません。VCは長期的なパートナーとなるため、経営方針や成長戦略について透明性を持って共有することが、信頼につながります。進捗報告や課題の共有を通じて、ガバナンス体制を強化することも求められます。
デットファイナンス(融資)の利用を検討できるようになるのもこのフェーズの特徴です。売上が立ち上がり、安定性が部分的に見え始めるため、金融機関からの融資や信用保証を活用する選択肢が現実味を帯びます。デットファイナンスの最大の利点は、株式の希薄化を避けながら必要な資金を確保できる点です。ただし、売上が安定しない段階での借入増やし過ぎは、毎月の返済によって資金繰りを圧迫する可能性があるため、融資額は慎重に見極め、確実な返済計画を立てる注意を要します。株式調達とデットを戦略的に組み合わせる「ハイブリッド型」の資金戦略を検討すべきタイミングです。

■グロース期における大型調達の判断

グロース期における大型調達の判断

グロース期は、アーリー期を通じて製品やサービスが市場で一定のポジションを確立し、「勝ち筋」が明確になった上で、大規模な市場シェアの拡大とスケールを狙う段階に入ります。このフェーズでは、市場を圧倒するための組織規模の拡大(採用、人材育成)や、海外進出、そして競合を突き放すための大規模な広告投資などを実行する必要があるため、これまでよりも遥かに大規模な資金調達が求められます。
この段階で中心的となるのが、主にベンチャーキャピタル(VC)からのシリーズB投資です。シリーズBの主な焦点は、黒字化に向けたユニットエコノミクスの最適化や、競争市場における圧倒的な市場のシェア拡大を積極的に実施していく点にあります。投資家は、より高い成長率の持続性と市場での優位性を厳しく求めるため、競合との差別化要因、参入障壁、そして既存顧客基盤の安定性を示す根拠が不可欠になります。
調達額が大きくなるほど、既存株主に対する株式の希薄化リスクも比例して高まります。そのため、このフェーズでは、調達ラウンドごとの出資比率の調整や、数年先のIPOを見据えた長期的な資本政策について慎重な計画が求められます。
グロース期に入ると、売上が安定している企業であればデットファイナンス(融資)の利用条件も大幅に改善されます。金融機関との取引実績が増え、信用力が向上することで、より低金利で大型の融資枠を確保することが可能になります。株式発行を伴わないデットファイナンスは、エクイティの希薄化を避けつつ成長資金を得る強力な手段であり、株式と借入のバランスを考慮した総合的な資金戦略を考えることが不可欠です。
さらに、グロース期には企業の知名度と信頼性が高まることから、事業会社(CVC: コーポレートベンチャーキャピタル)からの戦略的出資を受ける機会も増えます。このような出資は、資金提供にとどまらず、親会社の販売ネットワークや技術連携などの実務的な協力関係を構築できる点で大きな魅力があります。

■スケール期に向けた資金戦略

スケール期に向けた資金戦略

スケール期は、グロース期で確立したビジネスモデルを基盤に、スタートアップが事業の最大化と市場の支配を目指し、国内外での本格的な展開を図る最終的なフェーズです。この段階では、圧倒的な市場シェアの獲得と、競争優位性を維持するための持続的なイノベーションが鍵となります。そのために、大規模な投資を継続的に実行できる強固な資金基盤の確立が最優先事項となり、組織の体制整備や経営管理の高度化が必須となります。
このフェーズで最も注目される選択肢の一つが、一般の投資家に株式を公開するIPO(新規株式公開)です。株式市場で資金調達を行うことは、ベンチャーキャピタルからの出資とは異なる大規模な資金確保を可能にするだけでなく、社会的な信頼性を飛躍的に高め、ブランド力や優秀な人材の採用にも大きく寄与します。しかし、IPO実現のためには、証券取引所の基準を満たすための厳格なガバナンス体制の整備や、投資家に対する継続的な情報開示が求められます。また、上場企業として短期的な業績変動に対するプレッシャーも高まるため、事業内容と経営体制が株式市場の要求に対応できる段階であるかを、主幹事証券や監査法人と連携し、慎重に見極める必要があります。
大規模な資金調達の選択肢としては、IPOの他に、プライベートエクイティ(PE)ファンドからの大規模な資金調達(レイターステージのファイナンス)も検討されます。これは、IPO準備を進めつつも、より迅速かつ非公開のまま成長資金を確保したい場合に有効な手段です。PEファンドは、短期的な成長だけでなく、オペレーション改善や事業再編を通じた企業価値の最大化に貢献します。
スケール期では、資金調達と同時に内部体制の強化が欠かせません。具体的には、資金の有効活用と企業価値維持に直結する財務管理(FP&A)の高度化、グローバル展開を見据えた人材拡大と組織設計、そして法規制遵守のためのガバナンス・コンプライアンス体制の整備など、企業としての器を大きくする取り組みが資金の有効活用に大きく影響します。このフェーズでの資金調達は、永続的な成長を可能にするための「仕組みづくり」の最終段階と位置づけられます。

■まとめ

本記事では、スタートアップの資金調達について、プレシード期からスケール期まで、事業フェーズ別に最適な戦略を詳しく解説しました。
スタートアップの資金調達戦略は、単に資金を集める行為ではなく、その時々の事業の「リスク」と「リターン」を最大化するための経営戦略そのものです。適切な方法を選択することで、成長速度を最適化し、競争優位性を築くことができます。

重要な点は、フェーズが上がるにつれて調達手段が変化し、エクイティ(株式)とデット(融資)を戦略的に組み合わせる資本政策の重要性が高まることです。特に、アーリー期以降は、財務指標(CAC/LTVなど)の健全性を示すことが不可欠となります。
フェーズに応じた戦略を理解しながら、自社にとって最も適した方法を選択できるようにしましょう。