最低賃金が全国平均1121円まで引き上がり、企業には賃上げ対応が避けられない状況が続いています。負担は大きいものの、国は助成金や税制優遇を拡充し、設備投資・業務改善と組み合わせることで賃上げを進めやすい環境を整えています。
この記事では、最新の支援制度の整理に加え、賃上げを企業力向上につなげる方法、制度を実務で使うステップまでをまとめています。必要な部分を押さえながら、前向きに取り組むための判断材料としてご活用ください。
最低賃金引き上げの背景と企業への影響

最低賃金の引き上げは、単なる景気調整ではなく、日本の労働市場全体で進む構造変化の一部として位置づけられています。
2025年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1121円となり、前年度比66円・6.3%の大幅な上昇幅になりました。全ての都道府県で1000円を超えたことも象徴的で、今後も賃上げの流れが続く可能性が高いとみられています。
背景には、物価や生活コストの上昇が続く中で、従業員の実質賃金を守る必要性が高まっていることがあります。
同時に、人材不足が深刻化する環境では、待遇改善は採用力や定着率にも直結し、企業として避けられない経営課題になりつつあります。
企業にとって最も影響が大きいのは、最低賃金に近い水準の従業員が多い企業ほど負担が大きく、特に小売・飲食・介護・物流・製造などの労働集約型業種では、賃上げと同時にキャッシュフローの管理が必要になります。社会保険料も連動して上がるため、単純な時給差以上の影響が出る点も無視できません。
とはいえ、賃上げは「負担」だけで語られるものではありません。
国は、最低賃上げに対応する中小企業が生産性を高められるよう、助成金・税制優遇・設備投資支援などをまとめた「賃上げ支援助成金パッケージ」を打ち出しています。賃上げと業務改善をセットで進める前提の制度設計になっており、設備の更新、デジタル化、人材育成などを組み合わせることで、企業の競争力向上につながる流れが強まっています。
賃上げそのものを負担として抱え込まず、「どうやって自社の成長につなげるか」を軸に考えることが、2025年以降の企業に求められる視点です。
賃上げ負担を軽減する主要な支援制度

賃上げに伴う人件費の増加は避けられませんが、その負担を和らげるための支援制度は年々拡充されています。
特に2025年は、小規模事業者でも実務で使いやすい制度が揃い、設備投資・業務改善・人材育成を組み合わせながら最低賃上げに対応しやすい環境が整っています。
その中心となるのが、厚生労働省がまとめている「また、税制優遇や自治体独自の補助金を併用すれば、設備投資への負担をさらに抑えることも可能です。
以下は、賃上げ対応で特に利用されている主要制度を比較したものです。
| 支援制度 | 特徴 | メリット | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 業務改善助成金 | 最低賃金引上げと連動した設備投資を補助 | 生産性向上・省力化投資に使いやすい | 2025年9月5日拡充、一部で賃上げ後申請も可。原則は申請前購入NG |
| キャリアアップ助成金 | 非正規の処遇改善・正社員化を支援 | 人材定着に強く、採用・教育コスト削減につながる | 契約書類・就業規則など証拠書類が必須 |
| 賃上げ促進税制(中小企業向け) | 賃上げ企業の法人税を軽減 | 設備投資と併用すると控除率が高まる | 控除率・要件が変動しやすく事前確認が必要 |
| 自治体独自補助金 | 地域が独自に実施する賃上げ・設備支援 | 金利優遇・追加補助を受けられる場合あり | 内容は自治体により大きく異なる |
業務改善助成金は、売上規模の小さい企業でも使いやすい制度として強化が進んでおり、POSレジや在庫管理システム、省人化設備など、多くの現場で“すぐ改善につながる投資”を後押しします。
キャリアアップ助成金は、従業員の処遇改善と人材定着に直結するため、離職が課題になっている企業では効果が表れやすい制度です。
長期化する採用難の時代では、人材の定着は採用コスト削減にもつながり、結果的に賃上げ分を吸収しやすい体質づくりに役立ちます。
税務面では、賃上げ促進税制(中小企業向け)が大きな役割を果たします。賃上げ率に応じて法人税の控除額が増え、設備投資をセットで行うと控除率がさらに拡大します。
設備更新の時期と賃上げのタイミングが重なる企業には非常に相性の良い制度です。
自治体独自の補助金は、地域差が大きいものの、条件が合えば設備投資の負担を大きく下げられる場合があります。商工会議所や自治体サイトで最新情報を確認することで、利用できる制度が増えるケースも少なくありません。
最低賃上げは企業にとって確かに負担ですが、制度を組み合わせることで“費用の一部が補助され、生産性が上がり、結果として賃上げを吸収できる体質になる”という好循環をつくることができます。
支援制度をどれだけ知り、どれだけ活かせるかが、賃上げ負担を軽減する最大のポイントです。
賃上げをチャンスに変えるポイント

賃上げは負担が増える取り組みですが、企業にとっては組織力を高めるきっかけにもなります。最低賃金の上昇をきっかけに待遇改善を進めることで、次のようなメリットが広がります。
・採用力が強くなる
給与水準が上がることで求人の応募数が増え、同業他社との比較でも優位に立ちやすくなります。とくにパート・アルバイトの比率が高い業種では、時給の差が応募に直結しやすく、人員確保が安定します。
・離職率の低下につながる
待遇改善は従業員の安心感につながり、長く働く社員が増えます。結果として教育コストが減り、業務の質も安定しやすくなり、採用難が続く環境では大きな経営メリットになります。
・生産性向上の取り組みが進む
賃上げを機に業務フローの整理やデジタルツールの導入が進み、生産性向上が期待できます。業務改善助成金の活用で省力化設備の導入を進めれば、賃上げ分を吸収できる体質へ近づきます。
・人的資本経営の強化につながる
賃上げをスキルアップ・研修と結びつけることで、従業員の成長が業績に反映されやすくなります。人を“コスト”ではなく“価値を生む資産”として捉える経営への移行が進みます。
・市場環境の変化に強い組織になる
待遇が良い企業には人が集まりやすく、急な欠員による業務停滞リスクも下がります。人材不足が続く時代では、賃上げが事業の安定性・継続性につながります。
これらの取り組みを助成金や税制と組み合わせれば、賃上げは“費用”ではなく“未来への投資”として機能します。
支援制度を活用するための実務ステップ

支援制度は、手続きの順番を間違えると不支給になるケースもあり、段階的に進めることがとても重要です。現場でそのまま活用できるよう、取り組む順番を整理しました。
① 賃上げ後の人件費を正確に把握する
対象人数、勤務時間、賃上げ幅、社会保険料の増額分などを含めて、総額の増加を可視化します。これにより、設備投資の規模や制度選びの精度が高まり、キャッシュフロー計画も立てやすくなります。
② 活用できる制度を洗い出し、優先順位を決める
業務改善助成金、キャリアアップ助成金、賃上げ促進税制、自治体補助金など、目的に合わせて組み合わせを検討します。生産性向上が優先なのか、人材定着が優先なのかで選ぶ制度は変わります。
③ 申請スケジュールを先に設計する
助成金の多くは「申請前購入は対象外」というルールがあり、この順番ミスが最も多い失敗です。設備購入・契約・申請の順序が崩れないよう、スケジュールを逆算して設計します。
④ 必要書類を事前に揃える
給与台帳、就業規則、労働条件通知書、雇用契約書、見積書など、制度によって求められる書類は多岐にわたります。事後で集めると時間がかかるため、前もって整理しておくことが手続きのスムーズさにつながります。
⑤ 導入後の改善効果を記録する
設備導入や業務改善の成果を、作業時間・生産量・ミス削減などの具体的な数値で記録します。助成金の中には改善実績の提示が求められるものもあるため、日常的な記録が後の報告作業を大幅に軽減します。
この流れで進めれば、制度の取りこぼしを防ぎつつ、賃上げと業務改善を無理なく進めることができます。
よくある誤解と注意点

賃上げ支援制度は多くのメリットがありますが、仕組みを正しく理解しておかないと期待していた支援が受けられない場合があります。制度ごとの要件は細かく、特に助成金は書類や手続きの流れが厳密に確認されるため、誤解されやすいポイントを押さえておく必要があります。
「賃上げをすれば必ず助成金がもらえる」という誤解は非常に多く見られます。
実際には、申請内容と実際の運用が一致しているか、賃上げの方法や対象、契約内容が適切かなど、複数の要件を満たしているかどうかが慎重にチェックされます。
就業規則や雇用契約書の内容が古かったり、実態と合っていない場合には、申請が通らないケースもあります。
制度への依存しすぎにも注意が必要です。
助成金や税制優遇はあくまで期間限定の支援であり、企業が継続的に賃上げを維持していくためには、生産性を高める体制づくりが欠かせません。
設備投資や業務改善、働きやすい環境整備など、長期的に費用対効果のある取り組みと組み合わせておくことで、制度終了後も無理のない賃金水準を保てるようになります。
また、給与を引き上げるだけでは従業員の満足度は十分に上がりません。
働きやすさ、評価制度の透明性、スキル向上の機会など、給与以外の要素が揃って初めて、従業員の定着やモチベーション向上につながります。人的資本経営の観点では、賃上げと組織づくりは切り離せない取り組みとして位置づけられています。
制度を活用する際には、情報が更新されやすい点にも気をつける必要があります。
助成額や要件、提出書類は年度ごとに変わることが多いため、申請前に最新情報を確認しながら進めることが、安全かつ確実な活用につながります。
🔑 本章のまとめ
最低賃金の引き上げは負担が大きいものの、支援制度と業務改善を組み合わせれば無理なく対応できます。賃上げを「コスト」ではなく「生産性と組織力を高める投資」と捉えることで、採用力や定着率の改善にもつながります。
制度は更新されやすいため、活用時は公式情報を確認しながら、無理のない賃上げ戦略を進めていくことが大切です。
