日本国内では賃上げ要求の圧力が高まってきたため、国や経済界も積極的に賃上げに動いています。
日本は最低賃金制度があり、一部の例外を除いて広く国民全員に適用されます。
ただし賃金はその地域の物価との兼ね合いで調整が必要なため、地域によって数値が違ってきます。
この回では最低賃金の動向や企業に与える影響などについて見ていきたいと思います。

■物価高に対応するため最低賃金が急上昇

物価高に対応するため最低賃金が急上昇

最低賃金の上昇圧力の大きな源になったのが先行する物価高です。
数年前の海外紛争に始まった物価高はコストプッシュによる思わしくない値上げラッシュを招き、この影響が心配されていたところですが、その後は生産者が少しずつ価格転嫁できる情勢となり、企業側でも利益を確保できる体制が徐々に整っていきました。
これに連動する形で国民の所得増加が望まれていたところで、ついに最低賃金の上昇という形で正の循環が一応整ったと見ることができます。
今回の賃上げでは多くの地域で千円越えが続出し、東京都では1163円、神奈川では1162円、大阪では1114円となっています。
その他47都道府県のうち上位から三分の一ほどの地域で千円越えとなり、それ以外の地域でも全て950円台を超える数字になりました。
過去最高の上昇率となったようで、これについては労働者側も大変喜んでいることでしょう。
最高値の東京都と最低値の秋田県(951円)では賃金格差が212円となっていて開きがあり、地域格差があることも指摘されています。
ただこれに関しては地域の物価との兼ね合いもあるので、これだけで良し悪しを判断することはできません。
今回の賃上げに関して他の特徴をまとめるとすれば、数値上位はやはり大都市圏が占め、上昇率の大きさでいえば徳島や新潟、福井などが頑張ったようです。
これまで賃金が低いとされた沖縄を抜いて、秋田や岩手などの東北の一部が下位層に入る結果となっています。

■最低賃金引き上げの影響が出る項目

最低賃金引き上げの影響が出る項目

2024年度の最低賃金の引き上げは10月から適用されることになっているので、すでに影響が出ている企業が多いと思われます。
最低賃金の変動が影響するのは従業員に支払う賃金のうち恒常的な支出で、基本給の他に職務手当や住宅手当、役職手当などが対象になります。
恒常的でないもの、臨時的なものには適用はなく、賞与や時間外手当などには適用がありません。
ただし会社が負担する社会保障費については賃金を元に計算されるため、基本給が上がれば社会保障費も上がる仕組みになっています。
人件費については、企業側に一定の費用負担が生じることになります。

■最低賃金上昇による影響は?

最低賃金上昇による影響は?

ここでは企業側の人件費の負担が上昇することでどのような影響が出るのか考えてみます。

①企業利益の減少

賃金が上がることで社員のモチベーションが上がれば、売り上げが上昇して利益が増えるかもしれません。
しかしそうでない場合、企業としては支出が増えるわけですからその分利益が減少します。
この作用は販売管理費に占める人件費の割合が大きい業種ほど影響を受けるため、飲食業や小売店などで利益減少の影響が大きくなりそうです。

②設備投資の抑制

利益の減少が予想される場合、企業としては設備投資を控えるなど守りの姿勢を強めることになります。
企業個体としての取引量の抑制につながる他、国全体としてみても経済の縮小要因になり得る可能性があります。

③雇用の抑制・縮小

賃金が上がることは社員個人としては喜ばしいように思えますが、必ずしも良い面だけではありません。
会社は存続をかけてライバル企業と競争し、市場原理の力でちょっとでも気を抜くと淘汰されてしまう存在です。
人件費が上がればその分雇用量を調整して帳尻を図るのは当然で、そのために雇用の抑制や縮小が起きます。
具体的には、新規採用を控える、パートの継続雇用を止めるなどの行動にでることになります。
その中でも、戦力的に弱いとみられる高齢者や女性などの切り捨てが多く発生する可能性があります。

④正社員のモチベーション減退・負担増による流出

最低賃金が上がれば非正規社員と正社員の賃金格差が縮まります。
正社員としては、責任が重い仕事をしても非正規と給料がそれほど変わらないとなればモチベーションの低下につながります。
また上で見たように非正規社員の切り捨てが多くなると、その分のしわ寄せが正社員に来ます。
業務量が増えて負担が増えると正社員が疲弊し、場合によっては転職や退職を考えるということになるかもしれません。
昨今は人手不足のため有能な人材はすぐには採用できません。
人材育成にも時間がかかることを考えれば人材の流出は避けたいところです。

■最低賃金を下回る場合は対応が必要

最低賃金を下回る場合は対応が必要

自社の賃金額を見直して、都道府県ごとに定められる最低賃金を下回る場合は賃金の改定が必要です。
これにより、雇用契約の内容に変更が出る可能性があります。
就業規則や賃金規定などに定める数字が最低賃金以下の場合は規則や既定の改定も必要になります。
そして賃金改定は資金繰りに影響する可能性もあります。
キャッシュの量を確認し、運転資金が足りなくなりそうであれば資金調達を考えなくてはなりません。
もし他の費用の合理化で乗り切れそうな場合はこちらで調整することもできます。
役員報酬の減額などで調整可能かどうか検討してみましょう。
もし人員が過剰気味ということであれば人員削減の検討も必要です。
整理解雇になりそうな場合は一定の規制があるため、自由な解雇は制限されるので注意が必要です。
解雇規制の問題が生じる可能性がある場合は社会保険労務士や弁護士に事前に相談した上で進めるのが安全です。

■助成金や賃上げ促進税制の活用も検討しよう

助成金や賃上げ促進税制の活用も検討しよう

賃金をアップさせることは国としても喜ばしいことで、賃金上昇を積極的に考える企業には助成金を出すなどして支援する仕組みがあります。
主に給付と税制面での支援となり、まず給付の支援策では厚生労働省が所管する業務改善助成金とキャリアアップ助成金があります。
業務改善助成金は中小の事業者が一定の設備投資を行う場合で、さらに事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合に、設備投資にかかった費用の一部が助成されます。
キャリアアップ助成金(賃金改定コース)は賃金規定を改定し、非正規雇用の労働者の基本給を3%以上アップさせた場合に助成金が支給されます。
中小企業の場合は3%~5%アップで一人当たり5万円、5%以上のアップで6万5千円です。
大企業は上記それぞれ3万3千円、4万3千円と少し給付額が下がります。
厚生労働省所管の助成金は額が少額に収まるため、手間や労力に比して得られるものが少ないと言われることがありますが、利用できるものは利用した方がお得です。
また税制面では、青色申告をしている中小の事業者であれば、一定の要件を満たしたうえで社員の給与を前年よりも増加させた場合に法人税や所得税から一定の控除を受けられる制度もあります。
こうした施策で適用がありそうなものがあれば活用を検討しましょう。

■まとめ

本章では最低賃金の引き上げが企業に与える影響について見てきました。
物価高が続いている側面もあり、賃金の上昇は多くの労働者にとって嬉しい話ですし、経済活性でも正の影響が期待されます。
一方で企業側には負担が生じることも確かで、収益を圧迫して思わしくない影響が出ないよう対策が必要な企業も出てくると思われます。
各社適切な対応を取れるように調整を図ってください。