消費税の正確な納税額を把握するなどの目的で導入されたインボイス制度は、消費税の課税事業者だけでなく、本来非課税である事業者にとっても大きなインパクトをもたらす制度です。
特にフリーランスなど小規模のビジネスで生計を立てる事業者に大きな混乱をもたらしたもので、今でも制度の是非には懐疑的な声が多く聞かれます。
インボイス制度の開始から1年経った今、コスト面などの負担が厳しいという声も聞こえてきます。
本章ではインボイス制度を取り巻く実情などを探ってみたいと思います。

■現状の登録事業者はどれくらい?

現状の登録事業者はどれくらい?

国税庁によると、制度導入から丁度一年経った10月1日現在のインボイス登録事業者は450万以上とされています。
インボイス登録をすると税務署に正確な消費税を申告でき、消費税の控除や還付を受けられるようになります。
インボイス登録した事業者に聞き取りを行った日本商工会議所などの調査では、制度導入後に発生した事務負担などに関する声が多く寄せられました。
システム改修などにかかるコストが増加したとする事業者は48.8%、付き合いのある仕入先の登録状況を知るための手間が増えた事業者は82.2%に上ったとされています。
ではこれまで消費税の非課税事業者であったものが、インボイス登録をすることによって任意的に消費税課税事業者になった者がどれくらいいるかというと、国税庁の調べではおよそ160万事業者ほどとされています。
非課税事業者の場合、インボイス登録をするかどうかは任意で、その必要性についてはメリット・デメリットを総合して考える必要がありますが、先ほどの日本商工会議所の調査では元々免税事業者だった者がインボイス登録をして課税事業者になったケースのうち、54.9%が減収になったという結果になっています。
デメリットを避けるために嫌々ながらインボイス登録をした小規模事業者はかなり多かったと思われ、そうした事業者の収入が減ってしまうというケースが少なからずあるということです。

■公取委から注意警告を受けた事業者も

公取委から注意警告を受けた事業者も

そもそもインボイス登録は任意なわけですから、登録するもしないもそれぞれの事業者が判断すればいいのですが、そこには無形の圧力がかかる仕組みが存在します。
国がこの仕組みを意図的に作ったという人もいますが、これに関する真偽は置いておくとしても小規模事業者にとって怒りを感じる元になっているのは事実です。
商品やサービスを発注、購入する側が課税事業者である場合、その取引相手がインボイスに登録していないと消費税を多く納めてしまうことになるので、取引相手にもインボイスに登録してもらいたいと考えます。
相手方がこれを拒否する場合、消費税分の値下げを強要したり、他の仕入れ先に切り替えると脅して言うことを聞かせようとする可能性があります。
制度発行前からこれについて危惧されていたわけですが、実際にそうした事案が発生して公正取引委員会から注意警告が出されているようです。
昨年2023年中だけで40件ほどの違反事案が出ているようで、公取委に取り上げられない小さな違反事案はこの何倍にもなるのではないかと思われます。
結局、力の弱い小規模事業者泣かせの制度であることに変わりはないようです。
インボイスの登録事業者になるべきかどうかは実際のところ取引先の数や種類によってかなり違うので、メリット・デメリットをよく考えて検討することが大切です。
以下でまとめて見てみましょう。

■インボイス登録するメリットまとめ

インボイス登録するメリットまとめ

①取引先の拡大や引き留めが可能

インボイス登録をしないと既存顧客に離れられる可能性が出てきますが、登録しておけばこれを防げます。
また未登録の取引先を離脱した発注者が新たな取引先を探していますから、これを獲得するチャンスが生まれます。

②業務効率化のチャンスになる

インボイス制度では電子データによる書類の保存や送付が認められているので、紙媒体を無くして業務の効率化を図りたい需要にマッチします。

③少額取引ではインボイス発行が要らない

1万円未満の少額取引となる場合は適格請求書の発行が不要です。
1万円未満の値引きなどについても同様で、少額取引が多い場合は事務負担が軽減されます。

④2割特例がある

インボイス制度利用者の負担軽減のため、また国としては制度を多くの事業者に利用してもらうために、時限的に納税額が2割程度抑えられる特例が用意されています。
対象期間は今のところ2026年の9月までとされていて、対象はこれまで免税事業者だった者がインボイス登録をした場合に限られます。

■インボイス登録しないデメリットまとめ

インボイス登録しないデメリットまとめ

前述のとおり既存の取引先から値下げ要求を受けたり、取引関係を離脱される可能性があります。
制度開始から1年経つので、この間に離脱が起きていないのであれば問題はないとも考えられますが、新規に事業を開始した場合などは顧客獲得の面で登録事業者との間で競争力が落ちてしまう可能性があります。
ただし、取り引き相手が個人消費者となるBtoCの事業者であれば未登録でも特に問題ありません。

■卸売業はインボイスで不利になる可能性

卸売業はインボイスで不利になる可能性

消費税にはインボイスの他に簡易課税制度というものがあり、これは本則の消費税のシステムを簡易化して手続きの手間を簡略化するものです。
この制度には「みなし仕入れ率」という考え方があり、業種の区分によってみなし仕入れ率は90%~40%と幅があります。
みなし仕入れ率が高いほど控除できる消費税が多くなり有利になるのですが、この第一種区分にあたる卸売業の場合、最も高率の90%となり、インボイスの2割特例を適用するよりも有利になるケースがあります。
簡易課税制度では仕入れにかかった経費を全く無視して計算過程を考えることができるので、事務負担的にもかなりの負担減となります。
実際にどちらが有利かは個別のケースで検討が必要ですので、税理士などに確認するようにしてください。

■まとめ

本章では制度開始から1年経ったインボイス制度についての現状を見てきました。
登録して良かったケース、やめておけばよかったケース色々あると思いますが、登録すれば当初の事務負担は避けられません。
ただし一旦導入してしまえば資料のデータ化など業務効率化につながる要素もあるので、一概に良し悪しを決定づけることはできません。
取引先との兼ね合いをみて登録の是非を検討するようにしてください。